
今年度も残り1ヶ月となりました

今日は、わたくし



5月31日(火)に相模原市民会館にて行われました本日の例会は、前回からなんと3ヶ月ぶりの夜例会





みんながそれぞれ温めて




3月11日の東北大震災に関して、もう一度振り返り、自分たちに出来ることがないかみんなで話しあいました。
まず、所属している医師会



現地では、注射や薬などの医療品が不足していたという事で、それらを手配しトラックで現地入り。
医師の数は足りていたので、食料の配給システムを整えたり、避難所の方々の悩みなど話を聞いて心のケアをする活動を行ったそうです。
避難所の方の多くは『情報がなくて不安』『このさきどうなるのか』といった悩みを口にしており、
また、地震以上に『津波』が怖いと言っていました。
ハルさんたちは、被災者の方々の立場になって、どうしていったらいいかなどの対策を一緒に考えたそうです。
頻繁に起こる余震のせいか、避難所の中には、平衡感覚を失って真っすぐ歩けない高校生の男の子がいたとのこと。
その子は地震のショックからか、話しかけても一言も発さず、不安なのか夜も一人で出歩いたりしていたそうです。
しかし、根気づよく話しかけるうち心を開いてくれたようで、返り際にハルさんの服をつかんで『帰っちゃうの?』と言ってくれたそうです

ハルさんは次の日も仕事が休みだったということもあり、一日延ばしてその子と一緒にいたとのことでした

それから2週間後、ハルさんは再度釜石市を訪れたそうですが、そのころはもう食料供給も安定しており、家財や泥かきなどの片付け道具がいる、という状況だったそうです。
避難所の人々の多くは家の片付けなどに出られたようですが、その中に何日も帰ってこない人がいて、心配になって探しに行ってみると、余震で崩れた瓦礫に足が挟まり、身動きがとれなくなっていたようでした。
挟まれた足は切断するしかなく、本人の了承を得て切断。その後病院に運ばれた治療を受けたのですが、数日して亡くなられてしまったそうです。
ただ、見つけてくれたことに対して『気づいてもらえてよかった』と感謝していたと、後で病院の方から聞いたそうです。
余震のあるうちは、そういう事態にも注意が必要だということを、改めて強く認識させられたと言うことでした。
続いては、3月27日から31日までの5日間、宮城県の南三陸町にて医療支援の調製員として行かれた、フッキーさんのお話を聞きました。


現地の様子は、報道では伝わってこない『におい』などの刺激が強烈で、実際に行かないとその異様さは分からないとのこと。
まずほこりっぽい。そして水も流せない状況なので、排泄物の悪臭が漂う。そして、死体安置所が避難所と同じ場所だったこともあり感じる、腐敗臭。マイナスの気温にも関わらず、これらが入り交じった何ともいえない『におい』が、とても印象深かったそうです。
現地でのフッキーさんの仕事は、患者さんへの医師の『割り当て』で、上手く診察が廻るよう調整することでした。
ここでも医師の数は十分に足りており、また、花粉症やその他慢性疾患などの常備薬を欲しがる患者さんが多かったそうです。
以上、被災地へ実際に行かれたお二人の話を聞いた後、みんなで今後の活動について話し合いました。
その結果、
以下のような活動案にまとまりました

@単発ではなく、長期的なスパンでの支援として、『5カ年計画』を打ち立てる

Aそのための中長期目標として、この『1年』を通して何をするか決める

B例会というより『ライフワーク



C被災地とのパイプを繋ぐなどして『被災地の人々のニーズ』に沿ったものをやる


そして、いくつかフッキーさんが挙げてくれた被災地で必要とされている支援策のうち、みんなのしたいと思う事を選んでいった結果、
D子供たちの心をケアするエンターテイメント






にまとまりました

具体的にはまだ何も決まっていませんが、ようやく『被災地の人々のために自分たちができること』が見えてきたような気がします

これから決めなきゃいけないことや、やらなきゃいけないことはたくさん出てくると思うけど、またみんなで力を合わせて、そして楽しんで





というわけで、
次年度に向けて、
がんばるぞーーーーーーー







そして当日の例会を運営した皆様もお疲れ様でした。
当クラブからは2名も震災後すぐに現地に赴いたことで、
経験値はとても大きかったと思います。
会員の皆様はその経験を教えてもらい、
今後の活動に活かしていきましょう!!!
次年度に向けて宜しくお願いします^^